再発防止対策の立案

FTAを検討していく中で色々な再発防止対策のアイデアが出てきます。これらの中には効果の期待できないものや実現出来そうにないものが含まれることは説明した通りです。また、中には組織そのものが抱えている問題が明らかになる場合もあります。その場合は組織の安全管理の在り方を検討する必要があるかもしれません。そうなると直ぐには改善できないと言うことになるでしょう。しかし、組織の活動は明日も続けなければ存続に係わります。

長期戦略と短期対策

安全管理の在り方にメスを入れる場合、私たちはその組織の現在の安全管理体制、保有するリソース(人・物・金・時間など)、経営状況、今後のビジョンなども考慮してそのリソースを安全管理体制の再構築に裂くための戦略を練る必要があります。これらの事情は組織によって異なりますのでその答えは千差万別ですが、いずれにしても一朝一夕にできるものではありません。

しかし事故が起きても組織は活動を続けなければならないので、安全管理体制が整うまで待ってはいられません。同様な事故が起こらない様に直ぐに有効な対策を実施する必要があります。それは暫定的なものでも構いませんが、決して何も対策を打たずに活動を再開してはなりません。

床に油をこぼしたケースでは床の油を掃除するというのが最低限必要な対策でした。当然Aさんがこぼした油は掃除しなければなりませんが、「誰であっても床に油がこぼれているのを発見したときは直ちに掃除をすること」というルールを作って周知徹底することはそれほど時間を要しないことです。

短期対策の選定

事故の直接要因を取り除くことは業務再開にあたって必須と言えますが、同様な事故を防止すると共に従業員の方たちに安心感を持って作業に就いて貰うためには直ぐに実行可能な短期対策を実施することが必要です。これらはFTAを吟味して何をしていれば「好ましくない状態」や「失敗行動」を阻止することが出来たのかを考えることで案を出すことが出来ます。案は多ければ多いほど良いでしょう。例えば50個の案が出てきたとします。それを全て実施する必要はありません。一つ一つの好ましくない事象を効率良く排除できるものを選択して、最終的には全ての作業員が「これなら安心だ」と思える対策を実施すれば良いのです。

沢山の対策案から良い案を選別する方法は色々ありますが、通常は「直ぐに実行可能か?」「効果はあるか?」で各案を評価して成績の良い案を採用します。ここで注意すべきことは、複数の案が同じ内容のものを別の表現で言っているだけではない様に事前に吟味しておくことです。また、失敗行動を阻止する対策は複数必要かもしれません。Bさんが床の油に気付かなかったという失敗は照明を点けることで回避できたかもしれません。しかし、床のあちこちが油の染みだらけだったら照明だけでは認知できないかもしれません。例え認知に成功しても判断・伝達・実行のどこかで失敗したら失敗行動の阻止はできません。つまり、このケースでは照明を点けるだけでは安心できる対策とは言えないかもしれないということです。これに対して物理的な対策で失敗行動が阻止できれば効果は絶大です。歩行者の為の安全通路を別途確保してフォークリフトや台車は工場側通路に通行を制限できたらどうでしょうか? 色々な案の組み合わせで、そこまでやれば大丈夫だと感じられる所にたどり着けば完璧です。しかし、実際には「直ぐできることはここまでですが、長期対策はこうなっていて何時までに実施します。それまでは注意して作業をしてください」とお願いするケースも少なくありません。

長期戦略の立案

安全管理体制に問題がある場合は、しっかりした長期戦略を立てる必要があります。実は、事故を分析してみると殆ど全てのケースで安全管理体制の欠陥が見つかります。もし、知識の不足によって判断のエラーを起こした人がいたとすると、その人への安全教育は充分ではなかったのではないでしょうか? 安全教育のやり方、頻度、理解度確認の方法、免許制度、教育の記録などが気になります。

安全管理体制の現状把握、あるべき姿の想定、ギャップの把握、ギャップを埋める方策、リソースプラン、詳細スケジュール立案、といった流れで長期戦略は立てられます。

ここで、あるべき姿の想定は極めて重要です。その組織のあるべき安全管理体制は組織の事業内容、規模、経営状態、今後のビジョンによって大きく変わります。中小企業が大企業の安全管理体制をそのまま真似ることは子供が大人の服を着るようなものです。また、急成長している組織の場合はその成長過程にマッチして安全管理体制を変化させていくプランが必要です。

長期戦略の実行

長期戦略を立てたらスケジュールに沿って実行しなければなりません。極めて小さな組織では実行計画に参加する人の数は限られているでしょうが、ある程度以上の規模になるとプロジェクトとして全体を取りまとめて、それぞれ個別のタスクを整合性のある形で実現していくことが求められます。

プロジェクトは計画通りに進むとは限りません。通常、予期せぬことが発生して計画変更が必要になったりタスクの見直しが必要になったりします。担当者の変更もあるかもしれません。これらを統率して目的を達成するのがプロジェクト・マネージャーの役割です。

その意味で、プロジェクト・マネージャーの人選は重要です。そしてプロジェクト・マネージャーに最も求められている資質はコミュニケーション能力なのです。