なぜなぜ分析とFTA

マズローの欲求5段階説によれば安全は生理的欲求の次に来るきわめて基本的な欲求です。しかし、人は事故を起こしてしまいます。事故を減らす一つの方法として起きてしまった事故を分析して、同じ間違いを繰り返さないことが大切です。
当研究所では事故の分析の方法としてFTA(Fault Tree Analysis)をとりあげ、様々な事故の分析をしています。そして、分析結果から何をすれば同じ事故が繰り返されないかを考えています。また、事故が繰り返されないために必要なコミュニケーションについても研究しています。

 

 

現実に発生してしまった事故の分析
1. なぜなぜ分析
多くの方は事故の分析をする時にはなぜを5回以上繰り返す「なぜなぜ分析」について聞いたことがあるでしょう。因果関係を追及することで事故の原因を突き止め、再発防止を図る方法です。
例えば、「Aさんが床に油をこぼしてしまったが、それに気付かずに歩いて来たBさんが足を滑らせて転倒し、手首の骨を折ってしまった」という事故があったとします。
よくある「なぜなぜ分析」では、
1. なぜBさんが手首の骨を折ったのか? 転倒して手を着いたから
2. なぜ転倒して手を着いたのか? 油で滑ったから
3. なぜ油ですべったのか? Aさんが床に油をこぼしたから
4. なぜAさんは油をこぼしたのか? 小さな容器に油をいれていたから
5. なぜ小さな容器に油をいれていたのか? 大きい容器を取りに行かなかったから
6. なぜ大きい容器をとりに行かなかったのか? 製造ラインの復旧を急いでいたから
7. なぜ製造ラインの復旧を急いでいたのか? 重要顧客への納期が迫っていたから
と言うように、「なぜ」に対する答えが止めどもなく続いて行き、有効な再発防止対策に繋がらないケースが多々あります。
多くの事故調査では「油をこぼしたAさんが悪い」というような結論になってしまい、「Aさんを厳重注意として二度と油をこぼさせない」というような対策で終わっています。皆さんの職場では誰かに始末書を書かせて一件落着となってはいませんか? しかし、これでは再発防止の対策とは言えません。例えAさんが油をこぼさなかったとしても、他の人が油をこぼすかもしれません。
もちろん、なぜなぜ分析でも素晴らしい分析をされる方は大勢おられると思いますが、残念なケースが多いのも事実です。

 

2. フォールト・ツリー分析(FTA)
それではFTAを利用するとどのようになるかをご覧いただきたいと思います。
まず、このケースにおいて「事故」は何でしょうか?
私は「足を滑らせたこと」だと考えますが、「手首の骨を折ったこと」と捉えることも可能です。私が事故を「足を滑らせこと」を事故と考える理由は、「手首の骨を折った」のは事故の結果だと考えるからです。今回の事故の結果、手首の骨を折ったのはたまたまで、頭を打っていたら死んでいたかもしれません。また、尻もちをついただけでケガをしなかったかもしれません。今後、防止したいことは「手首の骨を折る」ことではなく、「足を滑らす」ことだからです。

事故分析のFTAでは「事故」を一番上の「好ましくない事象」のところに置きます。そして、その事象が「どのように」発生したのかを明らかにしていきます。人のケガにつながった事故の場合、必ず「危険な状態」と「人」との出会いがあります。この「危険な状態」とは何であったのか、そしてその人はなぜ「危険な状態」と遭遇してしまったのかを考えていきます。
まず、危険な状態についての分析ですが、その状態は元々危険であったのか、それとも「ある出来事」により危険になってしまったのかを考えます。次に危険な状態はなぜ維持されていたのかを考えます。これは後に再発防止対策を考える上で極めて重要なステップですが、FTAをやらないとほとんど出てきません。
次は人の問題です。誰も事故に遭いたいとは思っていませんが、事故に遭ってしまったということは行動の失敗(エラー)があった可能性があります。人の行動は「認知」「判断」「伝達」「実行」がすべてうまくできたときのみ成功行動となります。この4ステップのどこかで失敗すると失敗行動となってしまいます。信号が赤であることに気づかなければ信号を無視してしまいます。信号が赤であることに気づいても止まるという判断をしなければ結果は同じです。遠くからその信号を認識していて赤なら止まるという判断をしたとしても肝心な時に携帯電話の操作をしていて忘れてしまえばどうなるでしょう。また、ここぞという時にブレーキを踏みそこねたら・・・ どの場合でも、信号無視という結果になりますが、どこでエラーが発生したかを知らないと事故の原因は分かりません。そのため、事故調査では行動の失敗をしてしまった人にインタビューをして何がエラーを引き起こしたのかを確かめる必要があります。(伝達は最も分かりにくい概念ですが判断が実行に結びつかない場合が伝達のエラーとなります。典型的な伝達のエラーは「家を出るときにポストに手紙を入れようと思ったのに、他のことを考えていてポストの前を通り過ぎてしまった」です。これは時間を超えた自分への伝達の失敗です。また、組織において、上司の判断が部下に伝わらない時、伝達のエラーが発生します。これは、人から人への伝達の失敗です。)

では、先の油で滑って転倒した事故についてもう一度考えてみましょう。
「Bさんが足を滑らせた」が事故でした。「危険な状態」は「床に油がこぼれていた」ことです。そしてBさんのエラーは「それに気付かず踏んでしまった」ことです。即ち「認知」の失敗があったのです。
まず、危険な状態から行きましょう。「床に油がこぼれていた」のはAさんが油をこぼした時点で危険な状態になりました。この状態が維持されていたのは「誰も掃除をしなかった」からではありませんか? 「危険な状態になってしまっても直ちに安全な状態に戻す」ことが出来たなら事故にはならなかったでしょう。そこでAさんにインタビューする必要が出てきます。Aさんは油をこぼしたのに直ぐに掃除をしなかったのは何故でしょう? 油をこぼしたことに気づいていたのでしょうか? 気づいていたのに掃除の必要はないと判断したのでしょうか? 掃除しなければと思ったのに忘れてしまったのでしょうか? それとも、道具が無くて掃除できなかったのでしょうか? どうもAさんとのインタビューの結果から再発防止対策の内容が変わってしまいそうです。
次はBさんに戻りましょう。Bさんは気づかなかったわけですから、認知のエラーがあったということになります。認知のエラーの原因は何でしょうか? その通路が薄暗かったのでしょうか? 床にシミがたくさんあって見分けがつかなかったのでしょうか? 考え事をして歩いていたのでしょうか? それとも、携帯でメールを見ながら歩いていたのでしょうか?  ここでも事実の確認が重要になります。
ここまで来ると、FTAを使って考えることにより色々な疑問がわいてくることが分かります。そして、これらの疑問を解消して初めて打つべき対策が見えてくるとは思いませんか?

ここでは極めて簡単なケースを例にFTAの効果を感じていただきましたが、皆さんが事故を分析する際には是非FTAを活用されることをお勧めします。

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この事例はインタビューへと続きます。続きは「コミュニケーション」ページをご覧ください。

 

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